水素吸蔵合金は、水素エネルギー材料に関連した様々な分野で応用が期待されている物質である。しかしながら、水素吸蔵合金に関する深刻な問題として、水素を可逆的に吸蔵放出できない"死蔵水素"の存在が挙げられる。この死蔵水素の問題を解決するためには、"吸蔵放出可能な水素"と"死蔵(残存)する水素"による構造および動力学(ダイナミクス)の違いについて明らかにすることが重要である。本研究では、従来の圧力-成分-温度測定(PCT測定)やX線回折測定等に加えて、水素に関する構造・ダイナミクス研究で驚異的な威力を発揮する中性子散乱手法を最大限に利用し、水素吸蔵放出時の構造変化および死蔵水素の状態について明らかにすることを目的とした。 平成22年度では、Ti-Cr-V系BCC合金を作製し、PCT測定およびX線回折測定等に加えて、中性子小角散乱実験および中性子準弾性散乱実験を実施した。中性子小角散乱実験では、水素吸蔵量に対して軽水素(H)と重水素(D)の比率(H/D比)を変えたコントラスト変調法を水素吸蔵合金に適用し、水素吸蔵放出によるナノスケール構造の変化について詳細に調べた。その結果、小角散乱スペクトルの傾きが同程度の水素吸蔵量でもH/D比によって異なることを見出した。また、Ti-Cr-V系BCC合金の表面の乱れが、水素吸蔵によって生成される水素化物によって平滑になることがわかった。一方、中性子準弾性散乱実験では、死蔵水素を含むTi-Cr-V系BCC合金に対して各温度で測定を行った結果、470K付近で中性子準弾性散乱スペクトルを観測することに成功した。これは、束縛されていた死蔵水素の一部がこの温度で動き出したことを意味している。今後、構造データと比較することで、稼働した死蔵水素の特定とその結合力を試算できると考えている。
|