昨年度までの2年間、ブラジルに渡航してサンパウロ州立大リベランプレト校に滞在し、野外でサタンアシナガバチを観察するとともに、本種のコロニーを成虫とともに採集し、持ち帰った。本年度は採集したサンプルのDNA分析を行うとともに、成虫のカースト判別を行った。さらに、サタンアシナガバチの血縁構造についての解析を進めた。 コロニー構成や血縁構造を雨期の創設期とワーカー期のコロニーの間で比較したが、未成熟個体数や血縁構造に差はなかった。次に、乾期と雨期の間でワーカー期のコロニーについて比較を行ったところ、未成熟個体数に違いはなかったが、雨期コロニーの方が繁殖メス数が多く、未成熟個体の血縁度が低かった。雨期には餌資源が多く、一日に活動できる時間も長いため巣は早く成長するので、巣内には多くの繁殖メスがいたためコロニー内の未成熟個体間の血縁度が低下したと考えられた。さらに、乾期、雨期のコロニーで未成熟個体の連続したコホート間(卵と幼虫間、幼虫と蛹間、蛹と非繁殖メス間)で遺伝子頻度が異なっていた。これらの結果は夏だけに限らず、資源の乏しい冬においても繁殖メスによる繁殖をめぐる闘争が頻繁に起こり、繁殖メスが時間経過とともに移り変わっていること(継時的多雌性)を示唆している。 サタンアシナガバチにおけるサテライト巣を建設する意義について、優位メス間の社会的軋轢の解消に着目したが、巣盤内と巣盤間で未成熟個体の血縁度は異ならなかった。しかし、卵については巣盤間で遺伝子頻度が有意に異なっていた。このことから、複数の優位な繁殖メスが特定の巣盤を独占して産卵を行っている可能性が示唆されたが、幼虫や蛹では巣盤間で遺伝子頻度が異なっていなかったことから、劣位メスも産卵できるものの優位メスによって食卵されているため、卵では巣盤間では遺伝子頻度が変わるが、幼虫や蛹では変わらないと考えられた。
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