これまで、湖沼におけるレジームシフト(突発的に起こる富栄養化)に関する研究は、沿岸帯に生息する大型の沈水植物群落(macrophytes)が存在する湖沼での研究例が大半を占めている。本研究では、大型の沈水植物群落ではなく、湖沼の底面に生息する付着藻類(attached algae)においても同様にレジームシフトが起こりうるのかを数理モデルを用いて解析を行なった。本研究は、デンマーク国立環境研究所のErik Jeppesen博士や米国のWright州立大学のYvonne Vadeboncoeur博士らと共同で、実際に野外の湖沼で起こりうる現象との整合性を取るため、デンマークにあるEngelsholm湖における水質やプランクトンに関するデータに基づいた数理モデルの構築し、解析を行なった。その結果、湖底に生息する付着藻類においてもレジームシフトを引き起こす要因になりうることが明らかにされた。また、湖沼への栄養塩負荷量とともに、湖沼全体の一次生産を解析した。湖沼全体の一次生産は、沿岸帯における付着藻類による一次生産と、沖帯における植物プランクトンによる一次生産との合計で求められる。その結果、レジームシフトが起こる前の貧栄養状態では、栄養塩負荷量が増加しても湖沼全体の一次生産にはほとんど変化が起こらないことが分かった。これは、付着藻類からの一次生産寄与分の減少が、植物プランクトンからの寄与分の増加で埋め合わされていたためである。しかし、レジームシフトが起こるとともに、付着藻類からの一次生産への寄与が顕著に低下し、湖沼全体の一次生産は急激に増加して、一次生産のほとんどが植物プランクトンに由来していた。これらの研究成果は、米国生態学会の学会誌であるEcology誌に掲載が受理された(印刷中)。
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