キスゲ科キスゲ属は、蛾へ適応した薄黄色で甘い香を持つ夜咲きの花を咲かす蛾媒花種と、赤く香がなく朝咲き花を咲かす蝶媒花種からなる。キスゲ属では蛾媒花種が平行進化、つまり花色、花香、開花時間の3形質が揃って平行進化したとされている。蛾媒花の平行進化の原因を探る一環として、本年度は日本全国の29箇所でサンプリングと花形質の調査を中心に行った。集団間の葉緑体DNA系統樹については、外群の問題を残したもののほぼ完成した。サンプリングの際に花が咲いていた場合は、デジタルカメラのインターバル撮影機能を利用して、花形質(主に開花時間・閉花時間)を調べ、ポリネーターの観察も行った。開花時間の詳細が分かっていなかったニッコウキスゲでは、花寿命が朝咲き朝閉じの約24時間であること、エゾカンゾウでは、花寿命が朝咲き朝閉じの約48時間であることが分かった。また、この2種にはマルハナバチの訪花が頻繁に観察され、チョウやガの訪花も観察された。この2種の葯と柱頭間の距離は蛾媒花や蝶媒花に比べて短く、また、蜜を溜める花筒も蛾媒花や蝶媒花に比べて非常に短く、主な送粉者はマルハナバチであると考えられた。外群としたキキョウランの配列の一部が領域内で重複を起こしておりキスゲ属とのアラインメントが難しいために、外群の位置が確定していない。日本国内のキスゲ属は、西日本と東日本で大きく2つのグループにまとまった。西日本のグループでは蛾媒花と蝶媒花が見られた。東日本のグループではハナバチ媒花と蛾媒花と蝶媒花が見られた。また3倍体種ヤブカンゾウは遺伝的変異がほとんどなく、九州・本州に広く分布するにも関わらず、東日本グループの中で1つのまとまりを形成した。比較的最近に人の手によって、日本全国に広がった可能性が高い。今後は核DNAを解析し、遺伝子浸透が多系統の原因となったかどうかの詳細を明らかにしていく予定である。
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