物体認知における偏光視とその神経機構を調べるために、行動実験及び組織学実験を行った。どちらの実験についても十分な進展があり、今後の研究につながる重要な知見を得ることができた。 偏光知覚を調べるため、明るさの嗜好性を応用した2種類の偏光弁別テストを行った。どちらの実験結果も、アゲハには、偏光の振動面の違いを明るさの違いとして見えること、地面に対して垂直方向に振動する偏光がより明るく見えることを示した。また、求蜜行動を丹念に観察したところ、着地の判断に物体と背景の間にできる明るさコントラストの有無が決定的な役割を持つことがわかった。偏光視と着地行動に見られた明るさ知覚と網膜構成との関係をみたところ、色覚の基盤となっている紫外・青・緑・赤の4種類の受容細胞が明るさ知覚にも関わるらしいこと示唆された。この結果は、昆虫の明るさ知覚がある特定の色受容細胞に依存するという"常識"を覆す重要なものである。 物体認知に関わる脳内機構を調べる生理学的実験では、主に視覚中枢から脳の統合領域への投射様式を調べ、特に記憶の場として知られているキノコ体への視覚情報入力様式を明らかにした。その結果、キノコ体へは、少なくとも3種類の視覚情報処理経路が入力していることが明らかになり、そのうち第2次視覚中枢(視髄)から第3次視覚中枢を経由してキノコ体へ投射する神経群は、複眼の腹側から情報を伝えていた。このことは。視髄からキノコ体に入力する神経群は、物体知覚となんらかの関係があることを示している。
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