哺乳類細胞が物理化学ストレスをどのように受容し、どのように細胞内情報伝達を開始して細胞応答を引き起こすのかは生物学的にも医学的にも重要な難問題である。申請者は、この問題に取り組むために、高効率に生細胞内局所のMAPK活性化を測定するハイスループットFRET測定系の構築を行いMAPK活性の時空間動態およびその制御因子の解明をめざした。昨年度に申請者は、MAP3Kおよびp38活性可視化プローブと蛍光プレートリーダーを用いた測定系を構築したが、試験的にストレス依存的なMAP3K活性化を測定したところ、シグナルが弱く、スクリーニングには不適当であった。そこで本年度はこれを克服する新たな系として、マイクロウェルプレート上の細胞を低倍の対物レンズを用いて広範囲に顕微撮影することにより、全自動で各ウェル毎にFRET計測を行う実験系を構築した。この系で一度の測定で高効率に最大で数千個の生細胞からの時系列データを細胞毎に得ることが可能になった。先行研究から、翻訳阻害剤(アニソマイシン)や紫外線で刺激した細胞では、細胞質のp38が強く応答すると予想されていたが、実際にこれが確認された。また、高浸透圧およびIL-1bによっても、細胞質においてp38MAPK活性化が強く生じることが分かった。本年度は測定系構築のために上流因子の探索には至らなかったが、詳細な細胞毎の活性化データから、翻訳阻害ストレスについて、細胞質のp38はどの用量でも細胞毎に均一に揃って活性化されている(graded-response)ことが初めて明らかになった。一方ERKやJNKの場合、不均一な(all-or-none)活性化の様式が報告されている。ストレス応答MAPK経路は抗がん剤や放射線によるがん治療の標的でもあるため、その活性化の均一・不均一性は治療の効率にも関わる医学的にも重要な問題であるが、従来は測定が困難であったためほとんど理解が進んでいなかった。今後、本研究成果を応用して、ストレス受容の均一・不均一性を生むメカニズムの解明が進むと期待される。
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