蛋白質の構造揺らぎは、安定性や機能発現に関わる。蛋白質表面の水和構造は、蛋白質の揺らぎに著しい影響を与えることが知られている。また蛋白質の構造にはキャビティと呼ばれる空間的な隙間が存在して、分子パッキングの揺らぎの場となっている。蛋白質の揺らぎは多数の原子が協調的に動くため、水和水やキャビティの構造変化の影響は蛋白質全体に及ぶ。そこで本研究では、蛋白質を取り巻く水和構造や分子内部のキャビティ構造が、蛋白質の揺らぎ(動力学)をどのように制御しているのかを明らかにすることを目的として研究を行った。エネルギー分解能が異なる4つの非弾性散乱装置を用いて、動力学転移を観測した。その結果、観測される動力学転移は分解能によって異なることなり、特に水和によって誘導される動力学転移はナノ秒の時間スケールのダイナミクスが寄与していることを示した。また動力学転移の様相は時間スケールで異なることから、タンパク質動力学には時間スケールにおける階層性が存在することを示した。また東大物性研AGNES非弾性散乱装置において、高圧中性子非弾性散乱を行った。圧力により蛋白質のボソンピークが高エネルギーシフトすること、室温における非調和運動に由来する準弾性散乱が大きく抑制されることを観測し、圧力が蛋白質の低エネルギー領域に対して大きく影響することを示した。今後は、蛋白質の水和量や圧力を変えたシミュレーション研究も行い、水和構造の動力学やキャビティ構造の解析を行うなど、実験とシミュレーションを相補的に利用した蛋白質の低エネルギーダイナミクスの研究を行う。
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