多細胞生物の上皮組織に癌原性の異常細胞が生じると、組織はそれを積極的に認識・排除することによりその恒常性を保つ。このような上皮の異常細胞排除システムは、正常発生のみならず、癌の発生メカニズムにも深く関与すると考えられているが、その分子機序は不明である。当研究室ではこれまでに、(1)ショウジョウバエ成虫原基の上皮組織に生じた極性崩壊細胞がc-Jun-N-terminal kinase(JNK)依存的な細胞死経路により排除されること、またこの細胞排除は(2)正常細胞-異常細胞間で起こる細胞競合に依存しており、(3)極性崩壊細胞がその周囲を正常細胞に取り囲まれたときのみ起こることを見いだした。本研究では、このモデル系を利用し、正常細胞側から極性崩壊細胞側へと伝達される細胞間コミュニケーション機構を明らかにすることを目的とする。この目的を達成するために、まず極性崩壊細胞が上皮組織に生じた際のJNKの活性化パターンを詳細に観察した。その結果、JNKシグナルは排除される極性崩壊細胞においてのみならず、その周囲を取り囲む正常細胞においても活性化していることが明らかになった。そこで、この正常細胞におけるJNKシグナルの役割を遺伝学的手法により解析した結果、極性崩壊細胞の排除に促進的に機能することが明らかとなった。これは、正常細胞と極性崩壊細胞との間で起こる細胞競合が、両者におけるJNKシグナル伝達のアウトプット変換機構により制御されていることを示唆するものである。さらに研究代表者らは、この正常細胞におけるJNKシグナルの下流分子としてPVRおよびELMO/Mbcを同定し、これが貪食を介して極性崩壊細胞の排除を促進していることを明らかにした。
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