研究概要 |
羊膜類に属する哺乳類と爬虫類は、鼓膜を備えた中耳をそれぞれ独立に獲得したと考えられている。哺乳類の中耳の進化を考える上で重要と思われる問題を整理するため、過去170年余にわたる中耳の進化に関する研究をまとめた総説を現在まとめている。哺乳類の中耳の進化において最も重要な問題は「どのようにして哺乳類の鼓膜が下顎領域に形成されたのか?」である。この問題を分子発生学的に理解するため、ニワトリとマウスをモデルとして、顎骨弓の神経堤細胞と鼓膜の間に生じる上皮-間葉間の相互作用の進化的変化に着目して比較解析を行った。両者における中耳領域の神経,筋肉,軟骨の発生をHNK-1(あるいは2H3),MyoD, Aggrecanの発現解析によってそれぞれ可視化し、さらにそれらを中耳腔と外耳道の発生と対応づけるため、コンピューター上で3次元再構成を行うことで詳細に比較した。その結果、これまで哺乳類の下顎に鼓膜が形成される要因と考えられていた中耳腔の腹側への膨出はマウスにおいて見られず、一方で顎骨弓と舌骨弓の鰓弓骨格要素がニワトリよりも顕著に背側に見られた。マウスでは下顎要素である鼓骨と、鼓膜の発生に共にGoosecoid(Gsc)が重要な役割を果たしているのに対して、研究代表者はニワトリのGscが鼓骨と相同な要素である角骨には発現するものの、鼓膜周辺の間葉には発現しないことを既に明らかにしている。 これらの結果から、哺乳類の中耳の進化において生じた発生プロセスの変化を以下のように考えた。すなわち、初期獣弓類の進化の過程で方形骨,関節骨と舌顎骨が縮小し、これらが中耳腔の近傍に発生するようになり、それに伴い下顎骨格の一要素である角骨の形成に関わるGscが鼓膜の発生にも関与するようになった。
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