本研究の目的は、1)テングザルで見られる特異な社会構造「重層社会」の再考とその進化メカニズムの解明、2)そこから得られたデータをもとに、テングザルの社会構造の特徴を他の重層社会を持つ霊長類と比較し、重層構造の多様性と、その進化を促す環境要因を解明するという2点である。本研究目的である1)を明らかにするために、マングローブ林と川辺林といった異なる植生に生息するテングザルの行動を観察した。先の研究において、川辺林に生息するテングザルの生態は明らかになりつつあるために、マングローブ林において、テングザルの観察を行った。予測していた通り、マングローブ林の植生は、川辺林に比べると極端に単調であり、事実、マングローブ林のテングザルの採食多様度も、川辺林に比べると、その10分の1以下の低い値であった。川沿いの泊り場における、テングザルのハレム群間の距離は、マングローブ林のテングザルの方が川辺林よりも長い傾向にあり、マングローブ林のハレム群間における、群れ間のまとまりの低さが示唆された。これは、テングザルの重層化社会の進化過程において、植生パタンのような環境要因が、重要な影響を及ぼしていた可能性を示唆するものである。また、他の重層社会を形成する霊長類との比較を行うために、国際霊長類学会において、「霊長類の重層化社会」というシンポジウムを企画した。現在、シンポジウムの内容を、国際雑誌の特集号に掲載するための編集に着手している。
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