本研究課題では、高解像度コンピュータ断層画像法(CT)を用いて、原猿類(曲鼻猿類とメガネザル類)における副鼻腔形態の変異を明らかにし、真猿類における知見との比較を通じて、眼窩の真猿類化を引き起こす骨構造の変化のプロセスに関する進化仮説を提起した。京都大学霊長類研究所ならびにスイス・チューリッヒ大学人類学研究所所蔵の原猿類頭蓋骨標本をそれぞれの機関でCT撮像し、すべての科を含む18 属の曲鼻猿類の高解像度画像データを収集した。曲鼻猿類では、真猿類に比べると副鼻腔の形態学的変異が小さく、特にロリス類2科はほとんど変異が無い。上顎洞と蝶形骨洞はすべての属で形成されていたが、前頭洞は形成が十分でない属が半分を占めた。ロリス類2科では、上顎洞に偽孔があるが、生体では上皮で閉じていると考えられる。シファカでは上顎洞が骨壁で区画化されるものもある。前頭洞は、アイアイやインドリ科およびキツネザル属で大きく発達しているが、それ以外は前頭骨は空洞化しない。旧世界ザルという大分類群で副鼻腔が消失しているのは、霊長類の中でひじょうに特異的といえる。上顎洞が歯槽と眼窩の間に広がっている属では、脳頭蓋およびそれに伴する眼窩に対して上顎を含む顔面頭蓋が下方に回転している傾向が認められた。その変化は、眼窩の真猿化の一つである眼窩面がより正面を向くという構造変化をともなう。上顎洞の拡張と眼窩面の正面化は構造的に随伴する骨形態変化と考えられ、上顎洞の発達は眼窩の真猿化の指標の一つとなりうる。
|