本年度は、北東アジアのチョウセンゴヨウ(Pinus koraiensis)の16集団に対して、葉緑体および核DNAの遺伝解析を行い、昨年度のミトコンドリアDNAの解析結果との比較と、大陸内および大陸と日本間の遺伝的多様性の比較から、チョウセンゴヨウの分布変遷史を推論することを目的として研究を進めた。葉緑体DNAの2つの領域(trnS-trnGおよびtrnL-trnF)についてシーケンス解析を行ったところ、6つのハプロタイプが見つかった。しかし、その大部分は分布域全体にわたって広くみられる1つのハプロタイプで占められており、大陸と日本の間で葉緑体DNAに全く分化はみられなかった。この結果は、日本と大陸で大きく2つの系統に分かれたミトコンドリアDNAの結果と対象的であった。この理由として、葉緑体DNAにおいては、集団の縮小・拡大、分断化といった地史的イベントに対応した遺伝的変異が生じなかったか、生じたとしても、葉緑体DNAはマツ科では父性遺伝することから、花粉を介した高い遺伝子流動によって、遺伝子の地理的構造が覆い隠されてしまったためと考えられた。したがって、より解像度の高いチョウセンゴヨウの分布変遷史を描くためには、核DNAのSSRマーカーによる解析が必要と考えられた。そこで、テーダマツで開発された25座、ストーブマツで開発された23座の合計48座のSSRマーカーについて、16集団の各2個体、合計32個体のDNAをテンプレートとして、スクリーニングを行った。その結果、17座のマーカーで良好なPCR増幅を示したため、このうち特に増幅が良好な10座について蛍光プライマー化して、現在、解析を進めている。分布域全体を網羅した試料を用いたスクリーニングによって選抜した本研究のSSRマーカーを用いることで、北東アジアスケールでのチョウセンゴヨウの遺伝的多様性の評価が期待できる。
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