伝染性森林病害マツ材線虫病は、病原体マツノザイセンチュウ(以下、センチュウ)の特定以降40年近く経つ現在もなお有効な防除法が確立されておらず、被害拡大を食い止められずにいる。本病の防除が困難な理由としては、そもそも本病の病原機構が完全に解明されていないために、対症療法を取らざるを得ないことが挙げられる。感染宿主における詳細な病徴進展過程についてはこれまでにも報告例が多いものの、感染成立の可否を決定する因子はいまだ仮説の域を出ない。 本病の病原機構の解明を目的とした本研究は、本病の感染成立の場に着目し(1)センチュウと(2)宿主植物の両者を研究対象として初期認識機構の全貌解明を目指すものである。 (1)センチュウについて、複数の培養条件下における体表面物質の網羅的解析を行った結果、糸状菌叢上での培養時と宿主感染後(樹木体内での増殖時)ではその量及び構造が大きく異なることを明らかにした。また、宿主感染に伴って新規にセンチュウ体表面に分泌提示される分子を複数特定した。これは、植物寄生線虫の表面タンパク質の網羅的同定に成功した初めての事例である。 (2)宿主であるマツ属樹に関しては、現時点で明らかになっている遺伝子情報が少ないことから、標的遺伝子を絞らない網羅的な遺伝子発現解析として、cDNAサブトラクション法による発現遺伝子群の量的比較を行った。対象として病原力の異なる2系統の線虫を人工接種した感受性クロマツ鉢植え苗を用いた。その結果から、強病原力系統の線虫感染時のみ、あるいは弱病原力系統の線虫感染時のみ宿主樹木において発現誘導される複数の遺伝子について部分塩基配列情報を得た。今後、各候補遺伝子の感染成立可否への関与の有無を検証するための基礎が定まったといえる。
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