哺乳動物の着床前胚の発生・分化における遺伝子発現の制御には、DNAのメチル化反応が深く関わっている。この反応を行うのはDNAメチル基転移酵素であるが、それがメチル基源として利用するS-アデノシルメチオニン(SAM)はメチオニンの代謝によって作られ、メチオニンの代謝経路は葉酸・ビタミンB12・コリン等の栄養因子の代謝を合わせメチル基経路を形成している。我々は前年度に、ウシの着床前胚がメチル基経路の酵素群の遺伝子を発現していることを見出しており、着床前胚は周囲あるいは内因性のメチオニンを利用していると考えられる。ウシ着床前胚におけるメチオニン代謝の役割を、メチオニンの代謝拮抗物質、エチオニンを用いて調べた。体外受精後3日目に5細胞以上になったウシ着床前胚を、無添加対照区、メチオニン添加区、エチオニン添加区で体外受精後8日目まで培養した。8日目における胚盤胞発生率はそれぞれ38.5%、27.3%、1.5%であり、エチオニン添加区で胚盤胞発生が著しく阻害された。各区の6日目における収縮桑実胚への発生率には有意な差が無かった。また、エチオニン添加区にSAMを添加すると、胚盤胞発生率は低率ながら有意に回復した(11.9%)。各区の収縮桑実胚について、栄養膜細胞の細胞系列分化を制御する(マウス胚における知見)転写因子であるTEAD4のmRNA発現を比較したところ、その発現はエチオニン添加区で高かった。以上の結果より、メチオニン代謝は、ウシ着床前胚の発生、特に桑実胚から胚盤胞への移行において重要な役割を担っていること、その役割は少なくとも部分的にはSAMを介したものであること、さらにメチオニン代謝の阻害は、細胞系列の制御に関わる遺伝子の発現への影響を伴うことが明らかとなった。この遺伝子発現への影響がDNAのメチル化修飾を介したものかどうかは現時点では不明であり、今後の検討課題の一つである。
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