狂犬病は発症するとほぼ確実に死に至るウイルス性人獣共通感染症であり、有効な予防法と治療法の開発のためには、狂犬病ウイルスの病原性を詳細に解析する必要がある。Nucleoprotein(以下N)は感染細胞内で最も豊富に発現する狂犬病ウイルス蛋白質で、ウイルスゲノムRNAに接着しウイルス遺伝子の転写および複製を制御しており、またN遺伝子を強毒株由来のものに組換えた弱毒ウイルス株を接種したマウスは致死的となることから、Nは病原性に深く関与していると考えられる。本研究では、Nが宿主細胞由来のmRNAにも接着して、正常な遺伝子発現を障害することにより、細胞の機能異常を引き起こすのではないかという仮説を立て、Nと相互作用する宿主由来遺伝子の同定を試みた。まずマウス神経芽細胞腫由来NA細胞内にNを単独で発現させるために、N発現プラスミドを作製し、N発現系を確立した。次にCross-linking and immunoprecipitation(CLIP)法を応用し、N発現NA細胞の抽出液からN-RNA複合体を回収しシークエンス解析を行った結果、7つの宿主遺伝子断片を同定した(遺伝子A~G)。その中でA遺伝子は検出数が最も多く、Nと相互作用する可能性が高い遺伝子であると考えられた。A遺伝子産物は神経細胞の分化・成熟、蛋白質の細胞内輸送に関与することが報告されているため、狂犬病ウイルス感染細胞においてNがA遺伝子の発現変化を介して、病原性に関与する可能性が推察された。また、その他の遺伝子産物(B~G)の中には、アポトーシス誘導に関与するものが含まれており、Nがそれらの遺伝子発現を修飾することにより、ウイルス感染細胞のアポトーシスに影響する可能性が示唆された。今後引き続き、N発現細胞およびウイルス感染細胞におけるこれらの遺伝子産物の発現変化、またその機能変化を解析する。
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