研究概要 |
吸血性節足動物の唾液には、吸血に伴う組織損傷に対する宿主の生理機能を阻害して吸血を効率よく行う機構を備えていると同時に、媒介する病原体の感染を増強する作用があることが報告されている。しかしながらそれらの作用機構は不明な点が多く、また活性物質のほとんどは同定されていない。本研究では、世界保健機構(WHO)が指定する重要熱帯感染症の1つであるリーシュマニア症を媒介するサシチョウバエの唾液タンパクの網羅的解析を行い、宿主の生理機能を阻害する活性物質および宿主の免疫機構やリーシュマニア感染に影響を及ぼす唾液成分の同定を行い、その作用メカニズムを探ることを目的とする。 本年度の研究では、南米アンデス地域に分布し、皮膚型リーシュマニア症を媒介するLutzomyia (Lu.) ayacuchensisの唾液腺cDNAライブラリーを作製し、遺伝子転写産物の網羅的解析を行った。その結果、Lu.ayacuchensisの主要唾液成分として、Lutzomyia属で唯一解析が行われているLu.longipalpisの機能不明な9kDa, 29.2kDa salivary protein, SL1 protein, antigen5-related protein, yellow-related proteinなどとの相同分子、C-type lectinに属する16.6kDa protein、血液凝固阻害に働くと推測されるapyrase-like, RGD-containing peptideなどを同定することができた。一方、Lutzomyia属サシチョウバエ唾液の血管拡張物質と考えられていたmaxadilanはみとめられず、同種は異なる血管拡張物質を持つ可能性が示唆された。本研究で得られた結果は、唾液ワクチン開発のための基礎知見になるとともに、吸血昆虫のユニークな吸血戦略を理解する上で有用な知見をもたらすものと考えられた。さらに、組換えタンパクを用いた機能解析から、Lu.ayacuchensisの主要唾液成分が、インテグリンとフィブリノーゲンの結合を特異的に阻害し血小板凝集を抑制するとともに、血液凝固系を阻害する活性も併せ持つことを明らかにした。この結果は、この唾液タンパクが吸血の際に重要な役割を果たしていることを示しているとともに、そのユニークな生理活性から、研究・検査試薬および新薬の素材分子として応用できるものであると考えられた。
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