犬の乳腺腫瘍は、乳腺上皮細胞の腫瘍性増殖に加え、筋上皮細胞の腫瘍性増殖および骨・軟骨形成(複合型乳腺腫瘍)を示し、さらにそれらの骨・軟骨の腫瘍化(乳腺混合腫瘍)を高頻度に伴う特有の腫瘍である。今日まで乳腺腫瘍で形成される骨・軟骨の細胞起源は筋上皮細胞が強く示唆されているが、それらの分化および腫瘍形成機構は未だ解明されていない。近年、提唱されている癌幹細胞発生説によれば、乳腺腫瘍においても正常乳腺と同様に幹細胞の特性を有する乳癌幹細胞が存在し、それから生じる腫瘍性乳腺上皮細胞および腫瘍性筋上皮細胞からなる腫瘍組織を形成する可能性が示唆されている。本年度は、Aldefluor assayあるいはSphere assayを用いて犬乳癌幹細胞(ALDH陽性細胞あるいは浮遊細胞塊)を同定・分取し、筋上皮細胞への分化能および軟骨、骨への分化能・腫瘍形成能の解析を行った。複合型乳腺癌の初代培養細胞から上記の同定法で濃縮された乳癌幹細胞のin vitro分化能を評価したところ、乳腺上皮細胞だけでなく、筋上皮細胞へ分化することが明らかとなった。しかし、筋上皮細胞への分化誘導率が極めて低かったため、骨・軟骨への分化誘導は困難であった。また浮遊細胞塊のin vivo分化能を評価するために免疫不全マウスへの皮下移植を試みたが、移植細胞は生着せず、腫瘍形成能および分化能を明らかにすることはできなかった。本研究で用いた乳癌幹細胞は、犬特有の乳腺腫瘍発生機構の解明のために有用なツールと考えられる。
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