医薬品の中には、中心不斉の他に立体配座が固定されることで生じる動的な不斉を持つものが多く存在している。それら医薬品のキラリティーは生体内で厳密に認識される。そこで、生理活性物質のファーマコフォアとして重要な軸不斉を有するアトロプ異性体の効率的合成法を開発するとともに、動的な軸不斉を有する化合物の立体化学を明らかにし、構造活性相関研究を行う。本年度は、軸不斉を有するビフェニルラクタム骨格の立体化学の解明を行った。 γ-セクレターゼ阻害薬であるLY-411575(Lilly社)の基本骨格である7員環ビフェニルラクタムには2つのsp^2-sp^2軸に基づく軸不斉異性体が存在しているが、その立体構造並びに異性体間の生物活性については精査されていない。しかし実際には、どちらか一方の異性体が活性発現に寄与しているはずであり、活性の高い医薬品の開発には軸不斉を持つ化合物の立体化学を解明し、生物活性と軸不斉との関係を明らかにする必要がある。そこで、7員環ビフェニルラクタム骨格について検討し、得られた知見に基づき生理活性物質の基本骨格として散見される8員環及び9員環ビフェニルラクタムについて立体化学の解明を試みた。 8及び9員環ビフェニルラクタム誘導体をキラルカラムを用いたHPLCで分析したところ、7員環同様に2つの軸が連動し、それぞれラセミ体である単一の化合物として存在することが分かった。そして、鏡像異性体を分取し、X線結晶構造解析により立体構造を明らかにした。また、軸の熱力学的安定性を比較した結果、8員環で最も安定性が高いことが分かった。つまり、化合物の安定性に与える環の大きさの影響について明らかにすることができた。また、アルキル化における反応性についても検討し、環拡大に伴う立体構造の違いよって異なる立体選択性で進行することも見出した。この反応性の違いを利用し、アトロプ異性体の効率的な合成を目指す。
|