本研究は、「生体内により近い条件での電気化学測定系の構築」を目的としている。電気化学活性種の酸化還元電位の測定はその性質や反応性を評価する上で重要である。昨年度までに脂溶性キノン類含有リポソームの調製、および市販の脂肪乳剤への脂溶性キノン類導入により、水に不溶の物質を水系で電気化学測定を試みた。平成23年度実施した研究の成果は以下のとおりである。 脂肪乳剤として高カロリー輸液に用いられる製品(イントラリポス)を利用して、このミセル中に脂溶性生理活性キノン(Lapachol:天然物由来の抗癌活性キノン)を導入し、その酸化還元挙動を観測した。はじめに、導入条件の最適化を検討した。イントラリポス20%を10倍量の緩衝液(0.1Mリン酸pH7)で希釈し、測定対象物質を大豆由来レシチン(5mg/1mL)と懸濁させて熱・超音波することで得られる試料溶液が最も再現性よく高い電流応答を示すことを見出した。また、希釈溶液を緩衝液(0.1Mリン酸pH7)と0.1MKClとで比較すると、全く異なる酸化還元挙動を示すことが明らかとなった。リン酸緩衝液中での挙動は2電子2プロトンステップで、有機溶媒中にプロトンドナー(酸)を添加した際に得られる挙動と類似していた。しかし、KCI溶液中(pH6.9)では1電子反応とみられる2つの酸化還元波が得られた。これらの挙動の違いはデジタルシミュレーション解析によりプロトン移動速度の違いによると示唆された。今後種々のスキャンレートのデータに対して解析を行う予定である。この実験により、生体膜などに存在する脂溶性物質のプロトン移動を伴う電子移動反応は、プロトン移動速度に大きく依存することが示唆された。 リポソームを用いた実験でも類似の結果が得られたが、リポソーム中では脂肪乳剤を用いた場合よりも緩衝液とKCI中での違いは顕著ではなく、リポソーム中のキノン類と溶媒分子との接触が少ないものと考えられた。
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