研究代表者らは、褐色脂肪組織から単離した未分化細胞を正常な褐色脂肪細胞に分化させる初代培養系を確立しており、さらに培養条件によっては、白色脂肪細胞様の特徴を有する脂肪細胞に分化するという非常に興味深い現象を見出した。また初年度の検討で、培地中のインスリン濃度が1nM以上の条件下では、正常な褐色脂肪細胞の分化が著しく阻害され、白色脂肪細胞様に分化することを見出した。そこで、本年度は、インスリン濃度の相違によって引き起こされる細胞内での変化を詳細に解析するため、異なるインスリン濃度下で培養した細胞における遺伝子発現プロファイルをマイクロアレイを用いて網羅的に解析した。その結果、細胞内での脂質代謝系と糖代謝系のバランスを制御する鍵酵素として知られているPDK4遺伝子の発現量に顕著な差があることを見いだした。本来、褐色脂肪細胞は正常に分化すると脂肪酸を主なエネルギー源として積極的に代謝する。その際、分化に伴ってPDK4遺伝子の発現が誘導されることで、糖代謝から脂質代謝へのスイッチが起こると考えられる。一方、高濃度のインスリン存在化で培養した褐色脂肪細胞では、分化に伴うPDK4遺伝子の発現が著しく抑制されており、脂質代謝系へのスイッチが起こらず、主に糖代謝を行う状態にあり、糖代謝の副産物としてグリセロール産生が亢進し、最終的には、脂肪を過剰に蓄積した白色脂肪細胞と類似した状態に陥ると考えられた。 本研究で明らかになった事実は、肥満時に認められる高インスリン血症の状態が、褐色脂肪細胞のエネルギー消費能力の減衰と密接に関連しており、血中のインスリン濃度をコントロールすることが、肥満から糖尿病などにつながる負の疾患連鎖を断ち切るために極めて重要であることを意味している。
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