生体膜を構成するリン脂質分子は、フリップ・フロップと呼ばれる脂質二分子膜を横切る反転運動を行いながら、二分子膜の内外で非対称に分布している。申請者は、フリップ・フロップの制御に関与するタンパク質複合体(リン脂質輸送分子ATP8A1とその制御分子mROS3/CDC50A)の発現が低下すると、細胞運動能の低下が見られることを明らかにし、形質膜リン脂質の挙動が細胞運動の制御に重要な役割を担っていることを見出した。本研究は、リン脂質フリップ・フロップによる細胞運動制御のメカニズムの解明とともに、フリップ・フロップを阻害する化合物を検索し、新規の細胞運動阻害剤の同定を目的としている。ATP8A1およびmROS3/CDC50Aの発現抑制は、形質膜におけるリン脂質、特にホスファチジルエタノールアミン(PE)の細胞内へのフリップ・フロップ輸送が減少していた。また、PE結合プローブで形質膜表面のPEをトラップすると細胞運動の阻害が観察されたことから、細胞運動の制御には形質膜PEの配向性の制御が関与することが示唆された。初年度に引き続き、フリッパーゼ複合体がどのような分子機構を介して細胞運動の制御に関与しているか、またPEの関与について検討した。さらに、フリップ・フロップ活性の測定法およびフリップ・フロップ阻害剤の検索法を検討した。ATP8A1は細胞運動時には先導端に局在しており、一方、形質膜表層のPEは細胞後ろ側に多く露出していたことから、細胞前方では細胞後方に比べてフリップ・フロップによるPEの内向き輸送が盛んに行われていることが推測された。また、PE結合フロープで処理した細胞では、葉状仮足においてアクチン骨格の分布に異常がみられた。以上の結果から、プリッパーゼ複合体が形質膜PEの配向性変化を介して、先導端におけるアクチン骨格の再編を制御して細胞運動制御に関与していることが示唆された。
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