シアル酸は、糖タンパク質やガングリオシドなどの糖鎖を修飾する酸性糖である。主要なシアル酸分子種として、N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)やN-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)が知られている。Neu5Acは脳に豊富に存在し、軸索伸長や神経伝達を調節することが報告されている。一方、神経機能におけるNeusGcの役割は不明な点が多く、脳内分布なども明らかにされていない。研究代表者は昨年度の研究実施計画に基づいて、Neu5Gcのラット脳内分布を検討した。はじめに、ラット脳内に含まれるNeu5Gcを液体クロマトグラム質量分析計により測定し、脳内にNeu5Gcが存在することを確認した。次に、高速液体クロマトグラフィーを利用して、脳内におけるNeu5Gcの分布を検討した。その結果、記憶形成に関与する海馬に豊富に存在することが明らかとなった。さらに、免疫組織染色を利用して詳細なNeu5Gcの脳内分布を検討した結果、Neu5Gcは海馬の神経細胞に高く集積していた。そこで、海馬におけるNeu5Gcの役割を明らかにする目的で、海馬神経活動に伴ったNeusGc含有糖鎖の構造変化を検討した。インビボマイクロダイアリシス法を利用し、神経活動に伴った海馬細胞外液中のNeusGc濃度変化を検討した。その結果、神経刺激時に細胞外Neu5Gc濃度が上昇することが明らかとなった。神経の興奮に伴って、糖鎖構造からNeu5Gcが脱離したことが考えられる。そこで、Neu5Gcの脱離酵素であるシアリダーゼの酵素活性の変化を検討した。シアリダーゼの人工基質である4MU-Neu5Acを利用して測定した海馬細胞外液中のシアリダーゼ活性は、神経興奮に伴って増加することが明らかとなった。以上の結果より、Neu5Gcによる糖鎖修飾が神経活動と連動していること、また、糖鎖修飾がこれまで知られていた以上に極めて早いタイムスケールで厳密に制御されていることが示唆された。そこで次年度では、神経興奮に伴ったNeu5Gc脱離が、記憶形成などの神経機能に及ぼす影響を明らかにすることを目標とする。
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