研究代表者はこれまでに、シアル酸分子種であるNeu5Gcがラット脳内に微量に存在すること、また脳内においてNeu5Gcは記憶形成の場である海馬に比較的多く存在していることを見出した。しかし、記憶形成とNeu5Gcとの関連については不明な点が多い。そこで、昨年度の研究実施計画に従って、海馬におけるNeu5Gc高発現ラットを作製し、海馬依存性記憶に与えるNeu5Gcの作用を検討した。はじめに、Neu5GcやNeu5Gcの生合成前駆体であるN-glycolylmannosamine pentaacetate (ManNGcPA)をラット右側海馬に投与した。その結果、投与2日後において右側海馬におけるNeu5Gc含量は、人工脳脊髄液を投与した群と比較してNeu5Gc投与群で2.8倍、ManNGc投与群で51倍に増加した。同部位におけるNeu5Ac含量や左側海馬におけるNeu5Gc含量は変化しなかった。また、投与7日後においても、Neu5Gc含有量の増加は持続していた。そこで次に、ManNGcPAやNeu5Gcを両側海馬に投与し、投与2日後からモリスの水迷路を利用して海馬依存性の記憶能を評価した。その結果、人工脳脊髄液投与群や無手術群と比較して、ManNGcPA投与群やNeu5Gc投与群では記憶能が有意に低下した。また、Neu5Acの生合成前駆体をアセチル化したN-acetylmannosamine pentaacetateを投与した群では、学習能に有意な差は無かった。また、研究代表者は、Neu5Acに対するシアリダーゼの酵素活性が海馬神経興奮に伴って増加することを見出している。そこで、ラット海馬急性切片と人工基質である4MU-Neu5Acを利用して、神経興奮に伴うNeu5Gcに対するシアリダーゼ活性の変化を検討した。高濃度カリウム溶液で海馬神経を刺激した結果、シアリダーゼ活性は有意に増加した。以上より、ManNGcPAやNeu5Gcを海馬に投与することにより、海馬おけるNeu5Gc高発現ラットを構築することが出来た。また、Neu5Gcは海馬において記憶能に影響を与えること、シアリダーゼの作用により神経興奮時に糖鎖構造から脱離することが示唆された。神経活動と連動したNeu5Gcによる糖鎖修飾の変化は、記憶形成など神経機能に大きな影響を与えることが考えられる。
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