CYP1A酵素は多環式芳香族炭化水素型発がん性物質の代謝活性化に深く関与している。本研究では、ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬の一種であるニカルジピン(Nic)がラット肝においてCYP1A酵素の誘導能を持つことに着目し、このようなCYP1A酵素誘導能を有する医薬品が前駆型発がん性物質の遺伝毒性発現に及ぼす影響についてin vitro、in vivoの両面から検討した。 ヒト肝癌細胞株であるHepG2細胞に対してNicと多環式芳香族炭化水素型発がん性物質である3-メチルコランスレン(MC)を同時処理したin vitro試験より、Nicは、MCによるCYP1A酵素の誘導をmRNAレベル、タンパク質発現レベル、および酵素活性レベルでそれぞれ相乗的に増強するとともに、MCによるDNA付加体形成を有意に増強することを見出した。さらに詳細に解析したところ、NicはMCの細胞内濃度を顕著に増加させることが明らかとなり、NicによるCYP1A酵素誘導増強作用は主にMCの細胞内蓄積量の増加に起因することが示唆された。また、NicによるCYP1A酵素誘導は、種々リン酸化酵素阻害剤により顕著に抑制されることから、Nicの作用発現に細胞内シグナル伝達系が関与することが推察された。一方、雄性F344ラットに対して高用量Nicと低用量MCを処理したin vivo試験の結果から、肝臓・腎臓・肺の種々臓器において、NicはMCによるCYP1A酵素の誘導を有意に増加させることを確認した。 これらの結果からNicは発がん前駆物質の代謝活性化酵素を相乗的に誘導し、発がん前駆物質の代謝活性化を促すことで遺伝毒性を増強していることが示唆された。これまでに、遺伝毒性発現における異物-薬物相互作用に関する報告は少なく、今回見られた異物-薬物相互作用は医薬品の発がんリスクを考える上で興味深い現象であると思われた。
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