研究概要 |
メチル水銀中毒では小脳顆粒細胞層とその周辺組織が特異的かつ重篤に傷害さるがそのメカニズム(pathogenesis)はよく分かっていない。一方,大脳組織では,深い脳溝周辺組織が選択的に強く傷害される。そのメカニズムとして浮腫による二次的な組織循環障害が関与するという「浮腫仮説」が提唱されている。小脳組織においても浮腫形成が認められるが,本仮説だけではメチル水銀の小脳組織への傷害の選択性と重篤性を理解できない。これまで,申請者らは,メチル水銀中毒ラットの脳の病理組織学的研究から,メチル水銀による小脳顆粒細胞層の傷害が炎症性変化によって急速に大規模化するという「炎症仮説」を提案している。しかしながら,炎症反応の分子基盤は不明である。細胞外マトリックスの構成分子であるヒアルロナンは,炎症における浮腫形成や炎症性細胞の組織への浸潤および各細胞の活性制御に関与することが知られている。そこで,培養ヒト脳微小血管内皮細胞および周皮細胞のヒアルロナン合成/分泌に対するメチル水銀の作用を調べた。その結果,メチル水銀は,内皮細胞ではヒアルロナン合成の基質を供給する酵素UDP-glucose dehydrogenaseの発現を増加させ,内皮細胞のヒアルロナン合成量を上昇させた。一方,周皮細胞では,UDP-glucose dehydrogenaseだけでなくヒアルロナン合成酵素の発現も増加さることにより細胞のヒアルロナン合成量を大幅に増加させた。これらの研究結果は,ヒアルロナン合成システムは脳微小血管組織におけるメチル水銀毒性発現の標的システムであり,その活性化による小脳顆粒細胞層への炎症性細胞の浸潤促進が「炎症仮説」を構築する分子基盤の1つである可能性を示唆している。
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