本研究課題の開始にあたり、まず、老齢齧歯類を用いてenriched environment trainingによる学習記憶能力低下の改善を評価した。すなわち、老齢(18ヶ月齢:A)および若齢(6ヶ月齢:Y)マウスを、富裕(遊具あり:E)もしくは通常(遊具なし:N)の飼育環境において3ヶ月間(6時間/日)訓練したのち、object recognition task(遅延24時間後)にて物質認知機能を検討した結果、A-E群の認知能力は、A-N群と比較して有意に向上しており、Y-N群と同等レベルにまで改善された。次に、これらマウスの脳組織における各種タンパク質の発現量の変化を評価した。すなわち、認知機能低下の改善された老齢マウス(A-E群)、改善されなかった老齢マウス(A-N群)および若齢マウス(Y-N群)における海馬CA1領域のタンパク質のうち、1002種類のタンパク質発現量を抗体アレイ法を用いて検討した結果、A-E群において、A-N群と比較して有意に増加したものが29、減少したものが15の合計44種類の変動タンパク質が見つかった。そのうち、A-E群とY-N群との間に差がないものは26種類であった。さらに、この26種類のタンパク質については、ウエスタン・プロット法による再評価においても、同様の結果を得た。このなかには、既に、学習記憶能力において重要な役割を果たすことが知られているN-methy1-D-aspartate受容体の構成サブユニットが含まれていたことから、この結果が、科学的に信頼性の高いものであることが示唆される。したがって、enriched environment trainingが、老化における認知機能低下に対して改善効果を持つことが確認されるとともに、そのメカニズム解明における標的候補分子を明らかにした。
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