1.転写因子E2Fは、がん抑制遺伝子Rbの変異やリン酸化と共役しがん化を促進することが知られている。また、二本鎖RNA結合蛋白質NF90とその結合パートナーであるNF45の複合体(NF90-NF45)も肝細胞癌、肺癌等のがん化に対し促進的に機能することがわかってきた。NF90はNF45の安定性を促すことが報告されている。以前我々は、NF90-NF45がmicroRNA(miRNA)の初期転写産物(pri-miRNA)に結合しその後のプロセッシングを抑制することでmiRNAの産生に対し負に作用することを見出している(MCB 2009 29:3754-69)。一方、昨年度の本研究課題の遂行で、E2FがNF90遺伝子の転写を活性化することを明らかにした。従って、新たな癌化シグナルとして、転写因子E2FによるNF90遺伝子の転写活性化→NF90発現増加→NF45の安定化促進→NF90-NF45による癌抑制miRNAの産生低下→miRNAの標的(がん遺伝子)の増加→がん化促進、という作業仮説モデルが考えられた.このモデルを検証するために現在解析を続けている。これまでに我々は肝細胞癌の細胞株を用いmiRNAのアレイ解析を行い、NF90-NF45によって産生が負に制御されるがん抑制miRNAへのひとつとしてmiR-7を同定することができた。そこで本年度は肝細胞癌の手術標本を用いてmiR-7の発現解析を行った。その結果、がん部でNF90-NF45の発現が顕著に増加している手術標本において、miR-7の産生が低下する傾向を確認できた。また、NF90-NF45を過剰発現したヒト胎児腎細胞株293細胞においてpri-miR-7の発現が増加することを見出した。これらの知見は、発現増加したNF90-NF45がpri-miR-7のプロセッシングを抑調し、成熟型miR-7の産生を負に制御することを示唆している。現在は、(1)NF90-NF45によるpri-miR-7のプロセッシング抑制の詳細な機構、(2)肝細胞癌におけるmiR-7の抗腫瘍効果、(3)肝細胞癌におけるmiR-7の標的遺伝子の検索、に着目しさらに解析を進めている。 2.NF90トランスジェニック(Tg)マウスは筋組織においてミトコンドリアが空胞変性しており、それに伴い筋量・筋力の低下がみられる。本年度はTgマウスにおける筋形成異常の要因を探るため解析を行った。その結果、(1)NF90は蛋白質合成に対し負に作用すること、(2)NF90 Tgマウスの筋組織において核内ミトコンドリア遺伝子や筋繊維遺伝子発現のマスター因子であるPGC-1の発現が翻訳レベルで顕著に低下していること、を見出した。これらの知見より、NF90 Tgマウスの筋繊維におけるミトコンドリア変性を伴う筋量・筋力の低下は、NF90によるPGC-1の翻訳抑制が一因ではないかと考えられた。
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