転写因子NFκBは、乳癌を始めとする様々な癌細胞において恒常的に活性化し、細胞増殖や転移・浸潤、血管新生などに関わる様々な遺伝子の発現を誘導して癌の悪性化をもたらす。従ってNFκBは抗癌剤の格好の標的であるが、NFκB阻害剤の開発は難航していること、およびNFκBは感染防御や骨代謝制御などの多様な生理機能を有することから、癌細胞においてNFκB恒常的活性化を導く上流のタンパク質や癌の悪性化に関わる標的遺伝子に対する阻害剤の開発が必要とされている。 これまでに我々は、ヒト乳癌細胞株35種を収集してそれぞれのNFκB活性をゲルシフト法にて測定し8種のNFκB恒常的活性化株を同定した。その結果、これらのNFκB恒常的活性化株は、内分泌療法やハーセプチン療法といった既存の治療法に耐性を有するbasal-likeサブタイプであることが判明した。これらの株にNFκB抑制タンパク質のIκBαを強制発現すると細胞増殖が抑制されたことから、NFκBはこれらの増殖に必要であることが示された。さらに、これらの株の遺伝子発現情報をもとにNFκB恒常的活性化の上流因子を探索し、NFκB活性化を導くタンパク質キナーゼであるNFκB-inducing kinase(NIK)が高発現し恒常的活性化の一因となっていることを明らかにした。次に、basal-like乳癌細胞は乳癌幹細胞様の細胞を多く含むことが報告されていたことから、NFκBと乳癌幹細胞の関連について解析した。その結果、NFκB活性化因子や抑制因子の発現によりNFκB活性化を調節すると、乳癌幹細胞も同様に増減することがわかった。以上の結果より、basal-likeサブタイプ乳癌において、NFκBは恒常的に活性化し細胞増殖や癌幹細胞の維持に寄与しており、この乳癌の治療標的になることが示唆された。
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