研究概要 |
本研究では,スフィンゴシン1-リン酸(Sph-1-P)シグナル破綻が動脈硬化および血栓形成に及ぼす影響を検討し,そのメカニズムの解明を目的とする.私は近年,Sph-1-Pによる抗動脈硬化作用を見出し,この機構の破綻が動脈硬化症に繋がる可能性を示唆した.本年度では,Sph-1-Pによる抗動脈硬化作用メカニズムの完全解明を目指し,計画したスクリーニングを行ったが,これまでに有意な結果は得られていない.その一方で,血栓形成の亢進メカニズムの解析において興味深い結果が得られた.私は以前に,Sph-1-Pによる血管内皮細胞の組織因子(TF)発現の促進効果を報告した(Blood 102: 1963-1700, 2003).TFは血液凝固反応の開始因子である.血中Sph-1-Pは,主に赤血球および血小板により供給されるが,血小板の活性化により大量に放出されるSph-1-Pの生理的意義についてはほとんど解明されていない.そこで,(放出された大量のSph-1-Pを含むと考えられる)活性化血小板上清(Plt-sup)について内皮細胞のTF発現誘導について検討した.その結果,Plt-supは,ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)に対して腫瘍壊死因子(TNF-α)や他の炎症性因子刺激によるTF発現を劇的に増幅した.この活性はPlt-supの煮沸処理により影響されないことから,脂質性メディエータによる活性であることが示唆された.従って,血小板由来の脂質性メディエータについてスクリーニングを行ったところ,Sph-1-PおよびTXA_2アナログでTNF-α刺激によるTF発現の増強作用を検出した.Sph-1-PおよびTXA_2それぞれの受容体のアンタゴニストを用いた検討から,Plt-sup中ではSph-1-PがTF発現の増強作用を担っていることを明らかにした.しかし,TXA_2は半減期が30秒程と極めて短いことから,本研究で使用したPlt-sup中では既に不活化していたと考えられる.これらの結果よりSph-1-PおよびTXA_2は,炎症局所において活性化血小板から放出され,TNF-αなどの他の炎症性因子と協調して内皮細胞を活性化し,血栓形成の亢進や炎症反応の増幅に関与することが示唆された.今後さらにこれらメディエータによる内皮細胞に対する細胞内シグナル機構の解明およびマウスモデル実験による解析を計画している.
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