cagA陽性ピロリ菌感染は胃がん発症の危険率を有意に高める。菌体内で産生されたCagAはピロリ菌のIV型分泌機構を利用して胃上皮細胞内に侵入する。細胞内においてCagAはSHP2の異常活性化を介して細胞増殖シグナルを脱制御すると同時に、細胞極性制御のマスターレギュレーターであるPAR1bの抑制を介して上皮細胞極性を破壊する。実際に、CagAを全身性に発現するトランスジェニックマウスは消化管腫瘍ならびに血液系腫瘍を発症する。一方、機能獲得型SHP2発現マウスは血液系腫瘍のみを発症する。この事実から、上皮細胞のがん化には過剰な増殖シグナルの誘導に加えて上皮細胞極性の破壊が重要な役割を担うと推察される。本研究は、CagAによる胃上皮細胞の極性破壊と細胞増殖をつなぐ分子機構を解明することを目的とする。 上皮細胞極性を形成していない細胞において、CagAはSHP2の脱制御を介してErkシグナルを異常活性化し、CDK阻害分子であるp21を誘導した。その結果、細胞周期G1期停止ならびに過剰な発がんストレスによって生じる早期細胞老化が誘導された。一方、極性化上皮細胞においては、CagAはp21を誘導することなく、Erkシグナルの異常活性化を介して細胞増殖を亢進させた。よって、Erkシグナル依存的なp21誘導が上皮細胞極性によって制御されていることが推察された。そこで、p21発現制御に関与する分子を探索した結果、CagAによる上皮細胞極性破壊に伴いRhoAが活性化されることを見いだした。さらに、CagAにより活性化されたRhoAはROCKを介してc-Mycを活性化し、p21mRNAの翻訳抑制を担うmicro RNA(miR-17及びmiR-20a)の発現を誘導した。従って、CagAによる上皮細胞極性破壊はRhoAを活性化し、p21発現抑制を介して細胞増殖を亢進させることを明らかにした。
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