結核菌感染症は、世界全体で年間800万人が新たに発症し、毎年300万人が死亡する、細菌による感染症としては今なお人類にとって最大の脅威ともいえる。本疾患を引き起こす結核菌(Mycobacterium tuberculosis)は、細胞内寄生菌であり、宿主への感染様式に関しては多くの研究グループによって精力的に解析がなされてはいるものの、未だ解明されていない多くの疑問点が残されている。本研究では、宿主の酸化ストレス応答タンパク質PrxI(peroxyredoxin I)に焦点を当て、結核菌感染時のPrxIの役割、特に感染防御およびNO産生調節機構への関与について解明することを目的に解析を実施した。また、結核菌が宿主の防御機構を回避するのに必要な因子を明らかにするため、PrxIと相互作用する結核菌由来分子の同定を試みた。まず始めに、PrxIと結合する結核菌由来タンパク質を探索するため、結核菌がマクロファージ感染時にのみ発現が予想され、かつ結核菌の菌体表面に局在することが遺伝子配列情報から予想される結核菌タンパク質を候補分子として複数選抜した。それらの候補タンパクは、GSTタグを融合した状態で大腸菌内で発現させ、得られたリコンビナントタンパクを精製後、マクロファージ抽出液を用いてGSTプルダウンアッセイを実施した。その結果、抗酸菌に特有のファミリータンパク質に属するタンパク質の1つがPrxIと特異的に結合することを見いだした。さらに、このタンパク質を欠損させた変異型結核菌を作製し、マウスに尾静脈投与したところ、変異型結核菌投与群の生存日数は野生型投与群に比べて有意に短かった。このことから、今回見いだしたこの分子は、PrxIと結合することでPrxIの機能を撹乱もしくは阻害し、それにより結核菌が宿主細胞内で生存しやすい環境を生み出す役割を担っていることが予想された。
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