THP1細胞はHIV-1感染が成立し、Rac2を発現している。そこでTHP1を親細胞としRac2特異的shRNA恒常発現細胞を作製した。樹立細胞のRac2発現が顕著に減少している事を確認した後、HIV-1の感染効率を調べたところ、樹立細胞におけるウイルス産生が有意に上昇した。この結果はRac2がHIV-1感染に対して抵抗性を発揮している事を示しており、またこの樹立細胞の系はヒトPBMCで観察されたRac2の抗HIV-1活性を再現できることを示している。そこで次にこの細胞をモデル細胞としてRac2の抗HIV-1活性の作用機序について調べた。HIVのEnvの代わりにVSVGでシュード化した複製能のないHIVはウイルス感染初期過程を再現する。樹立細胞にVSVGシュードHIVを感染させたところ、親細胞と同程度初期段階が進行した。従って初期過程ではRac2は感染抵抗性を発揮しないと考えられた。シュードウイルスが再現しない過程の中の一つに、標的細胞受容体へのウイルスの吸着過程がある。そこで、受容体となるCCR5とそのリガンドであるCCL5の発現を樹立細胞と親細胞で比較したところRac2とCCR5の発現が逆相関し、CCL5の発現は正に相関することが分かった。Rac2高発現型および低発現型のゲノムを持つ健常人のPBMCを使用した場合も同様な結果が得られた。以上から、Rac2の抗HIV-1活性は、CCR5を減少させ、かつ感染を阻害するCCL5の発現量を亢進させる機構が関与すると明らかとなった。さらに、上記CCR5発現制御にp38経路が関与していた。別に、複製後期課程にRac2発現の影響は認められなかった。これはRac2が担う新規の抗HIV-1活性制御の分子機構であって、HIV感染症の新たな治療戦略につながる点で重要度が高く、HIV-1と宿主因子の関わりを分子レベルで解析できた点で意義深い。
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