エルロチニブやスニチニブなどの経口分子標的治療薬は、非小細胞肺がんや腎細胞がんに対して用いられているが、従来の細胞傷害性抗がん薬とは異なる副作用(皮疹、下痢)が多いために、投与量の個別化・最適化が必要とされる。本研究では前年度に引き続き、エルロチニブやスニチニブの血中濃度モニタリングと薬物動態に関連する遺伝子多型解析を実施し、薬物代謝酵素や薬物排泄トランスポータの役割について評価した。また、Abcb1a/1bやAbcg2遺伝子欠損マウス等を用いて、in vivoにおける薬物動態学的意義について検討した。非小細胞肺がん患者におけるエルロチニブと活性代謝物(OSI-420)の血中濃度プロファイルには、投与開始後顕著な個体差が認められた。CYP3A5^*3多型は、両薬物の見かけのクリアランスに対して有意な影響を及ぼさなかった。一方、ABCG2 421Aアレルを保有する患者において、野生型のC/C患者と比較して見かけのクリアランスが有意に低下していた。エルロチニブ治療中に放射線肺臓炎を経験した症例の薬物血中濃度は、顕著に上昇していることが判明し、薬物曝露量と間質性肺疾患の関連が示唆された。また、中枢転移を有する肺がん患者において脳脊髄液中の薬物濃度を測定した結果、エルロチニブ/OSI-420の中枢移行性は約5-6%と低いことを初めて明らかにした。次に我々は、前年度に報告したABCG2とスニチニブ体内動態の関連をさらに詳細に調べることを目的に、Abcb1a/1bやAbcg2遺伝子欠損マウス等を用いて、これら遺伝子の役割を検討した。その結果、スニチニブの脳内蓄積量は、野生型のFVBマウスと比較してtriple欠損マウスにおいて顕著に増大することが判明し、ABCG2はABCB1と協調的に経口抗がん薬の中枢移行障壁として、重要な役割を果たしていることが示唆された。 以上の研究成果は、分子標的抗がん薬の個別化や有害事象回避に関する有用な知見を提供するものと考えられる。
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