われわれは、本研究に有効な発癌モテルマウスにおいて癌の浸潤・転移の機構をcDNA microarrayを用い分子生物学的に研究してきた。その発癌モデルマウスとは、眼の水晶体上皮にのみ発現するαクリスタリン・プロモーターを有し、SV40-T抗原が1コピーないしは2コピーのみ宿主DNAに組み込まれているトランスジェニックマウスで(αT3)、2コピー組み込みマウスでは約1年3ヶ月、1コピー組み込みのマウスでは約1年6ヶ月の経過で、全マウスで眼球から発生した腫瘍が頭蓋内進展・他臓器転移して死亡する。われわれは、この実験モデルを用いて各種抗癌剤の抗腫瘍効果を判定して良好な成果を得ている。具体的な本研究計画の遂行は、(1)当該実験モデルが本研究計画に分子生物学的論理性に合致するか?(2)和漢薬の抗腫瘍効果を分子生物学的実証性を以って解明できるか?(3)更にその成果を分析し、新規抗癌薬剤の開発にまで繋がるか?である。平成22年度までに、(1)と(2)について検討を加えた。(1)については、cDNAアレイを用いた解析によりαT3マウスでは十全大補湯投与により肝臓や脾臓などで臓器特異的に遺伝子の発現上昇が認められ、実験モデルが分子生物学的に妥当であることが実証された。(2)については、十全大補湯は腫瘍そのものの遺伝子発現に対しては影響を与えず、直接的な抗腫瘍活性は持たないことが解明された。しかし、十全大補湯はαT3マウスの肝臓に対して、肝毒性を伴わずに感染防御蛋白質の産生および薬物代謝酵素の産生を誘導していることが分かった。また、十全大補湯はαT3マウスの脾リンパ球の活性化(増殖)を誘導しているが、必ずしも抗腫瘍免疫に関係しない可能性が考えられた。以上より、(3)の新規抗癌薬剤の開発に直接的に繋げるのは困難となった。肝毒性を伴わずに薬物代謝酵素の産生を誘導することから、抗癌薬剤との併用でその抗癌薬の効果を高めることが期待された。
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