我々はこれまでに、漢方方剤「香蘇散(KS)」の抗うつ様効果に脳内オレキシン(OX-A)並びにニューロペプチドY(NPY)神経系の制御が関与している可能性を示してきたが、その詳細については依然明らかとなっていない。前年度では、OX-Aの受容体orexin receptor 1(OXR1)の阻害剤を用いて、KSによる抗うつ様効果がOXR1阻害剤により消失した結果を得ている。そこで本年度では、NPYの受容体Y1の阻害剤(BIBO3304)を用いて、KSの抗うつ様効果がY1阻害剤により影響を受けるかどうかを行動薬理学的に検討した。その結果、KS投与によって認められた抗うつ様効果は、Y1阻害剤投与によって消失した。また、BIBO3304の脳室内投与自体は、マウスの食餌量、飲水量、体重および自発運動量には影響を及ぼさなかった。以上の結果から、KSの抗うつ様効果はNPY神経系制御の影響を強く受けることが示唆された。さらに我々は本研究課題において、OX-Aの脳室内投与による抗うつ様効果がBIBO3304の前投与によって消失した結果も得た。これまでにKS投与によって脳内OX-AおよびNPYレベルの上昇が認められ、OXR1阻害剤投与がKS投与によって誘導されたNPYレベルの上昇を抑制する結果も得られていることから、KSの抗うつ様効果発現には、OX-A神経系からNPY神経系へのシグナル伝達が重要な役割を果たしている可能性が示された。以上の成果は、これまでにないKSの新たな抗うつ様作用メカニズムを示唆するものであると同時に、OX-A/NPY神経系を標的とした新規作用メカニズムを有する抗うつ薬の開発に役立てられるものと期待する。
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