小腸絨毛の陰窩に存在する腸管上皮細胞のパネート細胞は抗菌物質を産生することで、腸管内の細菌の侵入を抑止するなどバリアー機能に重要な役割を果たしている。抗菌物質の産生不良がクローン病などの難治性腸炎の原因であることが近年注目され始めているが、その産生機構は未だ明らかでない。本研究の遂行により、抗菌物質の一つであるHuman Defensin 6(HD6)が上皮細胞の分化に必須であるHath1遺伝子と細胞増殖必須であるbeta-catenin遺伝子の協調により直接制御されることを明らかとした。また小腸内視鏡の生検検体を用いた解析により、クローン病患者の空腸生検と他疾患患者の空腸検体を比較すると病理組織検査で特に異常がない部分においてもHath1とHD6の遺伝子発現がクローン病において低下していた。以上よりHath1の発現低下が抗菌物質の産生低下を惹起することで、バリアー機能の低下が起こり、クローン病などの慢性持続性炎症を発症することが示唆された。本研究計画で得られた結果を実際の臨床情報、生検検体解析へとフィードバックすることで、新規治療の標的探索に有利な状況であると考えられる。以上、本研究は以前より腸管慢性炎症状態による腸管上皮再生障害に着目し、上皮細胞機能における局所粘膜免疫調節解析、腸管分化分子機構解析を主にヒトの検体、細胞、遺伝子を用いヒトを主眼において進めてきた申請者らにのみ遂行可能でかつ独創性の高い研究である点に加え、得られる成果により最終的には炎症性腸疾患の腸管個々の細胞種分化障害に対し腸管上皮の「細胞種ごとの機能的修復」を可能にする「細胞オーダーメイド治療」の開発だけでなく、上皮細胞の内在性の恒常性維持機能からの粘膜局所免疫統御を目指すという新たな理論基盤を創出する可能性が期待される点においても、世界的評価に耐えうる研究成果と考えられる。
|