現代の高齢化社会において、死因第二位とされる虚血性心疾患の治療法開発および予防対策は、循環器領域の基礎・臨床研究における重要課題のひとつである。本研究では、副交感神経活動がもたらす心不全病態改善作用のメカニズムを分子レベルで理解することを目的として、アセチルコリンが持つ内在性の心筋保護作用を詳細に検討するために、心筋梗塞モデル動物に対するコリンエステラーゼ(アセチルコリン分解酵素)阻害剤の影響を定性的・定量的に評価した。 マウスの左冠動脈を結紮して心筋梗塞モデルを作成し、コリンエステラーゼ阻害剤投与群と非投与群に分けて経過観察を行った。術後3日目における血圧および心拍数には両群間で差がなかったにもかかわらず、術後4日目における左室自由壁破裂による死亡率は、コリンエステラーゼ阻害剤投与群が非投与群に比べて有意に低かった。左室梗塞部位における細胞外マトリクス分解酵素(MMP-9)のタンパク質量を両群間で比較したところ、術後3日目においては差は認められなかったが、術後7日目においてコリンエステラーゼ阻害剤投与群で有意に低下していた。梗塞部位には多くの炎症系細胞が浸潤してきており、MMP-9タンパク質との共局在が認められた。抗MMP-9抗体を用いた免疫蛍光抗体法による蛍光シグナル強度を比較した結果、コリンエステラーゼ阻害剤投与群で有意に低下していた。これらの結果より、マウス心筋梗塞モデルにコリンエステラーゼ阻害剤を投与することにより、梗塞部位に浸潤してきた炎症系細胞からのMMP-9産生を抑制し、その結果として、血圧および心拍数非依存的に左室自由壁破裂による死亡率を低下させることが明らかになった。
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