2009年度の研究成果として、H3K9のメチル基転移酵素阻害薬であるChaetocinは遺伝性食塩感受性ラットにおいて、心不全の予後改善効果を有する可能性が示唆された。2010年度は、検体数を増加させ、累積生存期間を観察するとともに、Chaetocinの投与による血圧変化の有無、DNAマイクロアレイによる網羅的遺伝子発現解析を行った。生存期間を評価するためのクールでは、高食塩負荷群のラットがすべて死亡するまで飼育を継続した。累積生存期間(各群n=4~5)は、Chaetocinの投与期間に比例して、生存期間の延長傾向が認められた。また、8週、10週、13週齢の時点でSoftron社の非観血式自動血圧測定装置を用いてtail-cuff法によりラットの血圧を測定した。高食塩負荷群のラットの血圧は、負荷後数週間で速やかに上昇したが、Chaetocinの投与は、長期投与・短期投与のいずれにおいても血圧に明らかな影響を及ぼさなかった。すなわち、Chaetocinは降圧作用以外の機序により、不全期心筋の収縮能を改善し、心不全の予後を改善しうる可能性が示唆された。 これまで、心疾患の病態に深く関与することが報告されてきたアセチル化を制御するヒストン脱アセチル化酵素阻害薬のみならず、我々が心不全特異的エピジェネティック変化の一種として同定したヒストンH3K9のTM状態を制御するヒストンメチル基転移酵素の活性阻害は、心不全の新規治療法として、今後も検討を深めていく価値があると考えられた。
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