本研究はジストロフィン遺伝子内にレトロトランスポジションしたと考えられた挿入配列の発見を契機に、レトロトランスポジション能を有する新しい動くヒト遺伝子をクローニングするものである。 我々は、ジストロフィン遺伝子に挿入された約330塩基の配列の解析を行ったところ、挿入配列はポリアデニル化シグナルの相補配列と約110塩基のポリT配列を有し、また挿入配列の前後にはtarget site duplicationを有していることを同定した。配列が挿入された部位はL1のエンドヌクレアーゼが標的とする配列と1塩基が異なるのみであった。さらにポリTを除く212塩基は既知の転写産物やレトロトランスポゾンの配列と相同性を認めなかったが、ヒト11番染色体の配列と100%一致していた。これらの特徴から挿入配列は11番染色体の一部が、L1が誘導する逆転写を介し、ジストロフィン遺伝子に転移・挿入されたと考えられた。挿入配列の全長を得るために発現が盛んな脳のmRNAを用いて5'RACEを行ったところ、新たに240塩基の配列を得た。ゲノム上でこの配列は挿入配列と連続しており、合計452塩基の領域が脳で発現していることが明らかになった。ゲノム上の452塩基の上流のプロモーターの検索ではTATA boxを4か所に認め、イントロンを有さない構造の遺伝子であると考えた。さらに蛋白をコードする配列の検索では既知の蛋白をコードするORFを有さず、452塩基の動く遺伝子の配列はゲノム上の転写活性の明らかでない領域からの新規の非翻訳遺伝子からの転写産物であることが明らかになった。挿入配列の起源となる11番染色体の位置には既知の遺伝子がない。また今回同定した遺伝子の挿入は、患者の世代で発生しており、この新しい動く遺伝子は現在も非自律的なレトロトランスポジション能を有していることを示唆している。
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