胎児期におけるエタノール曝露は重篤な神経障害を引き起こす可能性がある。そのメカニズムの一つとしてエタノールが神経幹細胞(神経前駆細胞)の成熟、分化に影響を与え、その結果中枢神経系の組織構築に異常が生じることが考えられる。大脳皮質神経前駆細胞の成熟と分化のどのステップがエタノールに影響を受けるか、またエタノールの神経前駆細胞への作用のメカニズムにγ-アミノ酪酸(GABA)など神経伝達物質の受容体が関与するかを明らかにすることを目的とし、本研究を開始した。大脳皮質原基における神経前駆細胞の細胞分裂の方向性はその細胞の細胞運命(自己複製するかもしくは分化を開始するか)の決定や前駆細胞の大脳皮質原基における位置の制御に大きな役割を果たすことが示されている。平成21年度においては神経前駆細胞の分化や成熟へのエタノールの影響を明らかにする第1歩として、胎生期におけるエタノール曝露が神経前駆細胞の細胞分裂の方向制御に影響を与えるかについて検討した。大脳皮質原基脳室帯における神経前駆細胞の細胞分裂は、胎生12日目において主に細胞分裂面が脳室壁に対して垂直となるように進行する。解析の結果、妊娠10-11日目のエタノール曝露によって神経前駆細胞のうち脳室壁に対して水平な分裂を示すものの割合が有意に上昇することが明らかになった。さらにエタノールの薬理学的作用の1つにGABA_A受容体に対する亢進作用があるが、GABA_A受容体アゴニスト、アンタゴニストを利用した解析の結果、エタノールの神経前駆細胞の細胞分裂方向への影響がGABAA受容体への亢進作用を介したものであることが示された。これらの結果はエタノールの中枢神経系への催奇形性のメカニズムの1つに神経前駆細胞の分裂方向制御の攪乱があること、エタノールばかりでなく他のGABA_A受容体に作用する薬剤も同様に神経前駆細胞の細胞分裂方向に影響を与え、催奇形性を生じる可能性があることを示唆する。
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