研究概要 |
統合失調症は一旦発症すると完治が困難であるため、「発症予防」を行うことが疾患研究のアプローチにとって重要な目標と言える。申請者はこれまでに不飽和脂肪酸(PUFA)の一部に神経新生促進効果があることを見いだしているが、今回新たにその結果を応用して、PUFA投与により健全な脳発達を促進させることが出来れば、精神疾患(主対象は統合失調症)の根本的な発症予防の開発につながるのではないかとの作業仮説を考えた。そこで本研究では、食物から摂取可能なPUFAを用いて、1.神経発達期のPUFA摂取が統合失調症発症予防の可能性を示すかの検討、2.神経発達期の栄養状態が成長後の脳の遺伝子発現の変化に与える影響の検討、を行った。まず、PUFAが脳発達に関わる可能性を検討するため、野生型ラットに生後2日目から4週間にわたってPUFA(特にアラキドン酸,arachidonic acid : ARA)を多く含む餌を経口投与したところ、母親の母乳を介してARAを摂取した仔ラットの海馬ではBrdU標識細胞数(分裂する細胞DNAを標識する)が約1.3倍に増加するとともに、神経系前駆細胞のマーカーであるGFAP(glial fibrillary acidic protein:グリア細胞線維性酸性タンパク質)やPSA-NCAM(polysialic acid-neural cell adhesion molecule:ポリシアル化神経細胞接着分子)の発現が増加することを見いだした。次に、遺伝的にPPIが低下しているラット(Pax6変異ヘテロラット)に対して、発達期にARA投与を行ったところ、発達期において神経新生が促進されることを確認した。さらに、この動物(発達期にARA投与を行ったPax6変異ヘテロラット)が成体になった後にPPIテストを行うと、PPIの低下が部分的に改善することがわかった。また、野生型マウスに対して胎生期から生後発達期にかけてPUFA投与を行い、成長後の大脳皮質の遺伝子発現変化を解析したところ、統合失調症死後脳で認められるのと同様の遺伝子発現変化が認められた。今後、これらの結果をヒトに応用し、統合失調症の予防法が確立されれば、患者本人の負担が減ると同時に、社会的経済損失の大幅な改善も期待されるため、社会的な意義が非常に大きいと考えられる。
|