覚醒維持障害をその臨床的特徴のひとつとするナルコレプシーにおいて、視床下部に存在するオレキシン神経系の障害が報告されているが、脳の微細な構造異常の存在について、いまだ統一した見解は得られていない。そこで、MR-DTI画像により、神経線維の障害を反映するとされるFA(fractional anisotropy)画像を算出し、また、T1画像から大脳白質・灰白質を分離した画像を作成し、臨床症状との関連を含めながら、15例の情動脱力発作を伴うナルコレプシー(NACA)患者における脳微細構造異常をvoxe1-based morphometory(VBM)を用いてSPM5により検討した。その結果、健常対象群に比べ、NACA群では、右前頭前野下面領域でのFA値の有意な減少を認めた。また、右帯状回、脳幹橋部の白質体積の減少、中脳赤核、右視床領域の灰白質体積の減少を認めた。一方、睡眠潜時、入眠時REM潜時、初発年齢、罹病期間すべての臨床指標において、FA値、大脳白質体積、および、灰白質体積の変化には有意な相関は認められなかった。脳幹橋部にはオレキシン神経からの線維連絡を含め、覚醒維持に関わる神経核やその投射神経線維が密に存在していることから、この脳幹橋部の体積減少は、脳幹部へ投射するオレキシン神経束や脳幹部に起始をもつ覚醒維持に関わる上行性の神経投射線維の障害を反映し、また、右前頭前野下面領域におけるFA値の低下は脳幹部から全脳に投射するこれらの覚醒維持に関わる神経投射の減少を反映していると考えられた。一方、中脳赤核はREM睡眠期のatoniaに関連があるとされており、また、帯状回、視床、および前頭前野は情動に関わるPapez-Yakovlev回路を構成していることから、これらの異常はナルコレプシーの臨床症状の一つである情動脱力発作の病態に関与している可能性が推察された。当研究により、覚醒維持障害・情動脱力発作に関わる脳微細構造異常が明らかになったことは、今後の睡眠障害に関する神経病理・解剖学的研究を推し進める上で興味深い結果を得られたと言える。
|