昨年度の成果より、ヒト乳がん細胞(MCF-7)における主要な放射線誘発細胞死形態が老化様増殖停止であることを示した。一般的にがん細胞では細胞周期制御機構の異常が知られているため、本年度は老化様増殖停止誘導機構の解析を行った。細胞周期マーカーを導入したMCF-7に、10Gy照射後、5日間にわたる生細胞イメージングを行い、細胞周期動態を個別に解析した。G1あるいはG2期照射に関わらず、最終的にはG1期で増殖を停止した。G1期照射では、照射後そのままG1期に留まる場合と、細胞周期を進行した場合では、次のG1期で増殖停止が誘導された。G2期照射では一過的に細胞周期の進行が遅延するが、その後分裂期、G1期まで進行した後に増殖停止した場合と、分裂期特異的な形態を示さずにG1期へ進行する経路が観察された。特に後者においては生細胞イメージングにおいてそのような細胞を特定後、蛍光免疫染色法によりG1期特異的な細胞核内への蓄積を示すサイクリンEが検出されたことから、分裂期を介さないG2期からG1期への移行、いわゆる分裂期のスキッピングが明確に示された。この分裂期をスキッピングした細胞でも、その他の経路を通過した場合と同様に老化様増殖停止の誘導が確認された。加えて、G1期チェックポイント機構において重要な機能を示すp53をshRNAによって発現抑制すると、老化様増殖停止の解除が一部にとどまったことは、p53非依存的な老化様増殖停止の発現を示唆する。一方で、p53の発現抑制は分裂期のスキッピングを抑制することに加えて、分裂期の出現頻度を増加させたので、p53が分裂期スキッピングの誘導に関与することが示された。本年度の解析結果は放射線治療に対して(1)高線量照射ではp53ステータスが放射線感受性に著しい影響を与えない、(2)p53欠損がん細胞、あるいは野生型p53がん細胞におけるp53の発現抑制は分裂期細胞を標的とした化学療法と組み合わせることで治療感受性の向上が期待できる、という2点を示唆する。
|