近年、ヒト悪性黒色腫の前癌病変やトランスジェニック動物の前癌病変においてセネセンスと呼ばれる細胞の分裂停止が報告されている。長期経過観察を行った臨床試験から、膵癌の前癌病変であるIPMNやPanINにおいてもセネセンスが誘導されていることが想定される。本研究の目的は、膵前癌病変におけるセネセンスの有無と関連する遺伝子群の発現変化を解明し、膵癌の早期診断や個別化治療への臨床応用を模索することである。 平成21年度には、膵癌および前癌病変の凍結切片を用いて、セネセンスマーカー発現の解析を行った(研究目的1)。セネセンス関連βガラクトシダーゼ活性やセネセンス関連ヘテロクロマチン凝集、p15、p16などのセネセンスマーカーの発現は、IPMAからIPMB、non-invasive IPMC、invasive IPMCへと至る膵発癌経路において有意な逆相関をもって発現が減弱することを確認した。この結果は、膵発癌過程において早期にセネセンスが誘導され、悪性化に伴いセネセンスによる細胞の分裂停止が損なわれることを示している。膵液サンプルや膵穿刺吸引細胞診サンプルなどにおいてこれらのセネセンスマーカー発現を解析することにより、前癌病変の有無を早期に判断することができると考えられる。これらの結果は、現在投稿中である。一方、一部の浸潤癌においてセネセンスが維持されているものも見出している。浸潤癌におけるセネセンスの意義や発癌過程においてセネセンスが損なわれるメカニズムについては現在解析中である。 また、FFPEサンプルやマイクロダイセクションサンプルから抽出したRNAサンプルを用いて、セネセンス関連mRNAやmicroRNAの発現解析を進めている(研究目的2)。この手法は定量的である上に感度が高く、細胞診サンプルなどの臨床サンプルでは極めて有用である。
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