研究概要 |
胸部大動脈瘤に対する人工血管置換術は、根治的治療法として数多くの施設で行われている。人工血管の開発、体外循環技術の向上、脳保護法の改良などによって、以前まで問題とされていた病院死亡率や恒久的な脳合併症の発生率は飛躍的に低下した。本研究では、直腸温18度循環停止下に大動脈開放吻合を行った大動脈瘤手術後に発生する一時的脳合併症の発生率とそれに関連する遺伝子発現変化を脳高次機能テストとマイクロアレイ法を用いて行った。 胸部大動脈人工血管置換術予定の患者で承諾が得られた連続10例に対して、術前後で10通りの脳高次脳機能評価を行った。その結果、術後に脳高次脳機能障害を6例(NCD群、n=6)に認めた。残る4例は脳高次脳機能障害を認めなかった(Cont群,n=4)。術後の脳高次機能障害の発生率は60%であった。10例に対して、手術前後で血液サンプルを採取し、マイクロアレイによる解析を行った。クラスタリングを行い、挙動により7群に分けた。術前と比較して、術後に有意な発現増加を示した遺伝子を4265個認めた。そのうち、Cont群と比較してNCD群で2倍以上のシグナル強度を示したものを40個認めた。反対にNCD群に比べて、Cont群で2倍以上のシグナル強度を示したものを2個認めた。術前と比較して、術後に有意な発現減少を示した遺伝子を4523個認めた。そのうち、Cont群に比してNCD群で1/2以下のシグナル強度を示したものは、144個認めた。それとは反対に、NCD群と比較して、Cont群で1/2以下のシグナル強度を示したものを1個認めた。これらに対して、Gene ontology解析を行った結果、リンパ球の活性化、増殖などを含む炎症反応、免疫反応に関連する遺伝子の発現変化に差異を認めた。 深低体温循環停止下に行う大動脈手術後に生じるリンパ球の活性化や増殖を含む炎症反応、免疫反応の変化が術後の高次脳機能障害の発生に関連している可能性が示唆された。
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