本研究において明らかにしようとしている点は、再生した嗅神経からの嗅覚情報はどのように嗅皮質に神経連絡するか、すなわち新たな神経回路がどのように再構成されたかである。 従来の我々の研究では新生児ラットの一側嗅球を除去し成育させると、除去側の前脳が、嗅球が存在した頭蓋骨内に増大し、増大した前脳領域、特に側脳室周囲から神経幹細胞が移動してくる部位(Rostral Migratory Stream(以下RMS))の断端には糸球体様の構造が新たに形成されていることが明らかになっている。 さらに我々は嗅球から大脳への皮質投射経路が障害を受けた場合の神経回路再生を明らかとするため、外側嗅索(Lateral Olfactory Tract(以下LOT))の傷害実験を行った。従来の研究では外側嗅索のみを完全に切断する動物の作製は困難であり、外側嗅索のみではなく嗅神経全体の切断が行われてきた。しかし我々は神経トレーサーを用いて完全切断を確認する方法を樹立し、実験を行った。この結果、ラットの外側嗅索の障害では生後3日のラットでは外側嗅索切断後も嗅覚機能が回復することが明らかとなった。一方生後12週の成獣ラットでは外側嗅索切断後、嗅覚機能は回復しなかった。これらのことより、新生児ラットでは脳の可塑性が存在し、障害を受けた神経回路の再生が起こるとともに、その機能も維持できる可能性があることが明らかとなった。 従来の研究では、生体で増殖した神経幹細胞がニューロンに分化することは知られていた。しかし、障害を受けた脳で自然に長い神経軸索を伸長させ、皮質まで到達し、新たな神経回路を形成し、さらに実際に機能する、ということはこれまでの中枢神経系には認められない。このため、障害を受けた脳の修復機能が明らかにされれば今後の脳機能障害の治療に大きく寄与するものと考えられる。
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