研究概要 |
近年吸入麻酔薬のセボフルランに心房細動予防効果があることが示唆されている。本研究期間中にも臨床的エビデンスが報告されている(Hemmerling TM, et al : Sevoflurane causes less arrhythmias than desflurane after off-pump coronary artery bypass grafting : A pilot study. Ann Card Anaesth., 13 : 116-122, 2010)。本研究では計算機シミュレーションにより心房細動発症に関与するヒトKv1.5(hKv1.5)立体構造を予想し、この構造をもとにセボフルラン結合部位を探索しセボフルランがhKv1.5に与える影響を明らかにすることを目的とした。シミュレーションは、Molecular Operating Environment (Chemical Computing Group,カナダ)を用いて計算を行った。開状態のKv1.2構造を鋳型としてホモロジーモデリングによりhKv1.5構造を作成した。得られた構造に対しセボルランの結合部位をASEDock(菱化システム)を用いて探索した。その結果、hKv1.5に対しセボフルランはフィルター内側の通常は構造水が位置する場所に結合した。この他に、脂質結合部位,ヘリクス間に結合した。構造化水が位置する部位はカリウムイオンの脱水和過程に関与する場所であることからセボフルランはイオンの脱水和過程を修飾すると推定される。また、セボフルランは脂質結合部位の相互作用を介してチャンネル開閉を修飾する可能性がある。心収縮サイクルにおける心筋細胞の再分極相では内向き整流カリウムイオン電流が生じ、膜電位は静止膜電位に戻る。この内向きカリウムイオン電流のうち非常に速い成分であるIKurは心房筋の再分極に重要な役割を果たす。IKurを担うイオンチャンネルhKv1.5の異常は心房細動を引き起こすことが判明している。心房細動の作用機序はリエントリーであり、薬理学的に不応期を延長させれば、その予防、停止が可能である。セボフルランはhKv1.5のイオン伝導をブロックして不応期を延長させることにより心房細動予防効果をもつ可能性が示唆された。
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