本研究は、新規生殖関連因子として神経栄養因子(neurotrophicfactors)に着目し、それらのリガンドー受容体システムによる生殖調節作用を、様々な分子生物学的手法を用いて動物実験により明らかにすることを目的としている。さらにヒト臨床検体を用いて、それらの神経栄養因子がヒトにおいても重要な作用をもつか否かを検討し、不妊症患者や異常妊娠患者の病因解明や新たな治療法の確立への臨床応用を目指す。 本年度は候補となる神経栄養因子の絨毛および胎盤の発育への作用について検討を行った。その中で、BDNF-TrkBシグナルがヒト絨毛細胞の発育に重要な働きをもつことを明らかにした。正常妊娠および異所性妊娠絨毛において、BDNFはsyncytiotrophoblastsおよびextravillous trophoblasts (EVTs)に発現しており、TrkB受容体はcytotrophoblastsおよびEVTsに発現していた。絨毛組織培養において内因性BDNF-TrkBシグナルをTrk抑制剤であるK252aおよびTrkB細胞外ドメインを用いて抑制したところ、cytotrophoblastの分化およびEVTのマーカーであるHLA-Gの減少を伴うEVTのoutgorwthの抑制が認められた。組織学的解析ならびに糖代謝の測定結果から、これらの抑制剤はcytotrophoblastの増殖能とcellularviabilityを減少させることが明らかになった。さらに、TUNELアッセイおよびcaspase-3/7アッセイの結果、内因性BDNF-TrkBシグナルの抑制によりcytotrophoblastのアポトーシスが増加した。ヒト絨毛組織をSCIDマウスの腎被膜下に移植し異所性妊娠モデルマウスを作製し、K252aを投与したところ、cytotrophoblastの分化・増殖抑制、異所性妊娠マーカーのhCG-betaレベルの減少、アポトーシスの増加が認められ、移植した絨毛組織の発育が抑制された。本研究成果から、BDNF-TrkBシグナルはヒトcytotrophoblastの分化、増殖、生存に重要な働きをもち、その抑制は異所性妊娠の新たな薬物療法の開発につながることが示された。
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