聴覚は視覚とともに、社会生活上のコミュニケーションを行なう上で必要不可欠な体性感覚のひとつである。65歳以上で3分の1の人が患う加齢性難聴の克服は、高齢化社会における国民の生活の質にかかわる重要課題である。一方、遺伝子の本体であるDNAの塩基配列の突然変異によらず、遺伝子発現調節を介して表現型の改変をおこすエピジェネティクスは、生活習慣や老化に伴う様々な疾患の発症要因となりえること、早期診断や予後予測に利用可能であることが報告されている。 代表者は、これまでの研究で、聴覚発達期の聴覚上皮にエピジェネティック制御機構が存在することを示してきた。さらに、加齢性・進行性難聴動物モデルであるDBA/2J系統マウスの聴覚上皮において、聴力低下に伴い、特定のゲノム領域のメチル化レベル変化がおきることを見出してきた。また、メチル化レベルが変化する領域の遺伝子の、DBA/2Jマウスにおける遺伝子メチル化変化と発現量について定量的かつ詳細な検討を進めた。 今年度は、難聴モデル動物DBA/2Jマウスに対し、エピジェネティクス制御剤を単独・あるいは組み合わせて投与し、聴力低下に対する抑制効果を検討した。複数のエピジェネティクスの主要酵素を調節することにより、低周波数・高周波数に対して、有意な聴力低下抑制効果がみられた。さらに遺伝子メチル化変化、発現量変化および形態的変化について検討を加えた。この成果は「難聴疾患の予防または治療剤」として特許出願済みである(特願2011-007581)。現在、さらに組織化学・分子生物学的解析結果を加え、学術誌へ投稿準備中である。
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