糖尿病網膜症、未熟児網膜症、網膜血管閉塞症など網膜の相対的・絶対的虚血状態の終末像は病的血管新生で引き起こされる。近年、血管内皮増殖因子(VEGF; Vascular Endothelial Growth Factor)がこの網膜病的血管新生に直接関与することがわかり(Ishida et al. J Exp Med 2003)、VEGFおよびその受容体の阻害剤が臨床応用されはじめている(Ng et al. Nat Rev Drug Discov. 2006)。しかしながら、これら虚血性網膜疾患におけるVEGFの発現を制御する機構についてはよく分かっていない。近年、酸素濃度によって発現が転写後調節される低酸素応答因子(Hypoxia-inducible factors; HIFs)が発見され(Semenza & Wang Mol Cell Biol. 1992)、HIFsのひとつであるHIF-1αが1995年に最初にクローニングされた(Wang et al. Proc Natl Acad Sci USA. 1995)。HIF-αsは低酸素状態において安定化し、エリスロポエチンやVEGFをはじめとする低酸素応答遺伝子群の転写を促進する一方で、通常酸素下では分解されるが、その分解過程においてvon Hippel-Lindau病原因遺伝子VHLが必要であることがわかった。 本研究において我々は、VHLを網膜神経系細胞特異的にノックアウトしたマウスを作製した。このマウスでは、野生型でみられる出生後の生理的なHIF-1αのダウンレギュレーションが抑制され劇的なVEGFの異所性発現亢進にも関わらず、網膜血管低形成を示した。また、成体においても硝子体血管を介した胎児循環を離脱せず成体循環系への移行が見られなかった。これらの表現型はHIF-1αとのダブルノックアウトでレスキューされた。 今回の実験結果からVHLを介したHIF-1αのダウンレギュレーションによるVEGFの空間的分布制御が成体循環系を構築するための適切な血管パターニングに必須であり、血管新生疾患や虚血性疾患を治療するうえで、VEGFの量制御だけでなく、空間的分布制御の重要性が示唆された(Kurihara et al. Development in Press)。
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